各国・地域情報

タイ

作成年月日:2018年4月

海外情報プラス

タイ国情報 2018年3月

1.タイ政府投資委員会(BOI)の産業振興策、タイ産業は飛躍するか

2.タイの医療分野に参入するには

3.取引先大手が外資に買収されビジネス拡大に

4.日系の大手企業の定年制延長とタイの関連企業

5.日系企業のタイ進出時期とタイ人の最低賃金引き上げへの対応について



1.タイ政府投資委員会(BOI)の産業振興策、タイ産業は飛躍するか

3/19にBOI主催で大規模な投資セミナーが開催された。2017年9月に続いて2回目で、前回はタイの投資機会についてが大きなテーマであったが、今回は、タイは飛躍するというテーマになった。ソムキット副首相の基調講演のあと、産業振興策について、首相府大臣、工業大臣、運輸副大臣、ICT大臣などのパネル討議と、午後は民間企業の事例を紹介するセッションがあった。主催者の発表で3,000名の参加者があった。

インフラ投資に関して、運輸副大臣は3つの観点が重要だと解説された。

@Green&Safety(環境と安全を考慮)、AAccess to Transportation service(Affordability & Equity)(身障者を含め国民の誰しもが交通機関が利用できる、ユニバーサルデザインの考えを採用Universal design and service design)、BTransparent & Efficiency(透明性と効率性を考慮)の3点を、革新的かつ効率的な運営をすることを強調された。産業政策の背景に、国民が平等に交通機関が利用できることをうたっているように、特定のグループだけが利用できるのではない、というタイの軍事政府から国民向けのアピールがある。この考えは、他の産業政策でも見られるのであるが、特に選挙を経ずに2014年5月クーデターを経ての政権だけに、国民に支持される政策であるという点を常に強調されているのである。

 

 

(写真は、3/19に開催されたタイ政府投資委員会の投資セミナー、会場はIMPACT)

 

2.タイの医療分野に参入するには

3/16にバンコク日本人商工会議所(JCC)のヘルスケア委員会があった。
そこで、日本の医療関連サービス事例とJICAの「福祉用具分野への参入について」の調査研究の報告が紹介された。

 

JICAの調査では、1)進出前段階の課題と、2)進出後の課題について解説がされている。

 

1)進出前段階の課題 @タイ市場への展開に関わる情報の入手、Aタイにおける福祉用具のニーズの把握、B良いパートナーとなれるタイ企業の発掘、C本格的進出の前に利用できる現地拠点が紹介されている。

 

2)進出後の段階では、@医療機器としての取り扱いのFDA対応、A自社にあった代理店の利用、Bターゲット層のニーズに合った製品の品ぞろえ、C人材の定着、Dタイの寄付文化がビジネスを阻害、E政府調達などの公共機関への参入ルート、F製品販売後のメンテナンス体制の構築、が課題だと説明をされている。これらの産業分野でも、新規参入と参入後の課題を見ると、共通する課題が情報収集と人材である。パートナーや代理店といっても人間が重要で、また相手を知るためのコミュニケーションが重要である点は言うまでもない。

 

参加者の中に、理学療法分野で参入された方もあった。当初は、タイ企業の合弁で参入する予定であったが、病院やクリニック経営で適当なパートナーを探したが見つからず、断念するところであった。ところが。それを聞いた方の紹介でたまたま良いパートナーが見つかって小さなクリニックを開設することができた事例である。最後まであきらめないことが重要である。

 

 

(写真は、バンコク高架鉄道BTSに設置されている高齢者や身障者向けエレベータ)

3.取引先大手が外資に買収されビジネス拡大に

3/21に取材した中小企業D社は大手取引先の要請で2002年にタイに進出した。実は1996年に中国進出か、タイ進出かいろいろと検討した結果、大手取引先の強い要請もありタイで立地の選定を始めていたが、1997年7月のタイバーツの通貨危機に遭遇して、進出を延期した。2000年代に入り、通貨危機の影響も弱まった頃に、再度、進出を検討し、たまたま用地の手当てをされていたK社の工場の半分を借りるという形で進出をした。進出3年を経過して、貸し手である工場のオーナーの事業も拡張され、契約更新を断られたことから、元工場の近場で適当な場所を探し、工場建設に踏み切った。

ところが、2009年のリーマンショックで、得意先の日系企業の株式が外資49:日系51だったが、逆転し、外資主導に変わった。そこで、外資の戦略的調達部隊が、従来の納入先を選別して、親会社の調達にも役立つ企業と、日系だけの取引先と選別される事態になった。D社が持つ、特有の技術は欧米でも数少なく、その選別作業で生き残り、逆にタイと日本以外でも欧州市場にも参入することができた。1990年代のバブル崩壊後も、自社の技術開発に専念した結果だと言われる。次は、この自社技術を生かして、東南アジアのベトナムかフィリピンなどへの展開も研究中だという。そのために、海外の進出に際しては、タイ工場からリーダーが出せるかどうか、すでに日本から海外に出せる人材が乏しい中で、日本の大学に来ている留学生の採用も開始して、タイ以外への展開にも備えているのである。

 

(写真は、D社の工場)

 

4.日系の大手企業の定年制延長とタイの関連企業

3月は日系企業の多くが年度末ということで、日本からタイに駐在する社員が帰国するのかどうか、話題になる。その一つが、日本では2012年の改正高年齢者雇用安定法により定年が60歳から65歳に延長になったことが、タイの駐在員にどう影響するかである。

タイに駐在する日本人が適用される労働法は、1つはタイの労働者保護法、2つは日本で雇用契約をされている場合は、日本の法律も適用される。例えば、解雇する場合は、タイの法律で勤続年数に応じた解雇手当が支払われないと、不法になる。そこで、多くの日系企業では、タイから帰国命令を出して、日本の法律に基づいて解雇手続きをされる場合が多い。

問題は、定年の考え方である。上記のようにタイでは定年とは年齢による解雇である。日本では一定の年齢(定年年齢)に達すると自動的に雇用関係が終了する制度として一般的に定年制を導入する企業も多いが、定年制がない企業もある。
さて、今回取材したM物流会社の現地責任者は日本でいう定年にあたり、内部情報として日本から後任者が派遣されることが分かっている。製造業のS社の責任者は、2018年に定年の年齢に達するため、年度中に後継者が来るのかどうか、見守っている状態である。

両社とも、現地の責任者が日本から派遣されているため、後継者を派遣することで交代だとわかる。日系企業の現地化、という観点からすれば、内部の昇進で幹部が選ばれるか、公募制で選定するという方法もある。しかし、今の時点では、公募制で、現地の責任者を選定する事例はそれほど多くはないのである。同時に、タイも少子高齢化社会を迎えており、いずれ日本が経験している高齢者の就業についても類似の課題を提起されるであろう。

いずれにしても、定年延長によって現地企業は、高齢者の受け皿となっているのではなく、企業発展のためには適任者をどう選べべきか、という観点での議論が必要である。

 

(写真は、日本(左)とタイ(右)の年齢構造、出所データは日本とタイの人口統計2016年)


5.日系企業のタイ進出時期とタイ人の最低賃金引き上げへの対応について

タイに進出する時期に応じて、日系企業が現地企業と合弁でしか進出できない時代があったが、2000年以降は製造業など特定の事業であれば、日系企業単独で進出できるようになった。もちろん、単独で進出できると、日系企業の経営判断は早い。
3月の後半に上場企業の子会社A社と未上場の中小企業D社、H社、J社、K社を訪問した。

1997年に進出したA社はパートナーである現地企業と51:49という比率で現地企業の出資比率が高い。その後、タイ政府投資委員会BOIの承認があれば外資100%が可能となり、系列の研究開発会社は日本の100%出資となった。もちろんパートナーである地場企業から出資させてほしいとの要請があったが、日本の技術をすべて公開できないとして、100%出資の子会社にしたのである。

1996年に進出したK社は、地場企業として日系の現地企業をパートナーとした。1997年の経済危機では、ほとんど受注がなく、3年間赤字が続くなら撤退と、覚悟をしていた。4-5年間は赤字が続き、親会社の支援を受けていた。同時期に、同業他社の撤退があったため、2003年以降、業界の需要が伸びる中で、今まで受注できなかった新規顧客からも引き合いがあり、ようやく事業展開のめどがついたのである。

2003年に進出したH社は、当初すでに進出済の日系S企業の関連会社として設立。その後、S社が撤退することもあり、日本の親会社が100%出資する企業となり、受注先が親会社が日本でも受注できない先もある。2005年進出のJ社も当初は日系企業の出資を受け、工場の一角を借りての操業であった。当初、2社からの受注しかなかったため、しばらく配当も見込めないこともあり提携先から株を買い取り、日本の親会社100%出資の子会社になった。幸いにも2012年の洪水前に少し高台の現在地に移転。受注も増えたことから工場を拡張した。今では15社から受注がある。受注が増えた背景には、同業他社ではできない機械加工が同社ではできることが大きい。その技術のエッセンスは日本においたままで、タイでは少数のスタッフに一部を伝授するだけである。この背景には、タイでは転職が当たり前であり、しかも同業他社への転職もよくあるからである。もちろん「秘密保護法」で顧客のデータの流用など規制する法律はあるが、裁判で戦っても、外部に流出した技術を戻ることはできない。

現在の日系サプライヤーを資本構成で整理すると、1)単独出資:タイに進出できた大手企業など、2)合弁のまま:パートナーとの合弁事業を継続している企業グループ。ただし、関連会社など、後続の企業は100%日本出資のグループもある。3)当初は提携であったが、進出当初の経営不振で、その持ち分を買い取り、100%出資の企業にしたグループもある。

そこで、現地企業の責任者は出資比率の多い企業から送り込まれる場合が多いが、得意先や従業員は一挙に変えることができない。資本が変わっても、従業員が変わらない。徐々に教育し、事業の方針や、経営手法を近代化、改善、改革をして技能レベルの高い会社に構造変革している企業もある。このように体質を変えるには相当努力が必要である。

今まで本欄で紹介した日系企業の経営方針や人事方針は、過去の経営者、株主の意向を受けて育ってきたものであり、一挙に革新的な手法を取り入れるには、従業員の全員解雇と、新規採用などドラステイックな手法を取らざるを得ないのである。今回取材した企業で、得意先が日系から欧米系に変わったことにより、欧米系の市場開拓も出来た事例もある。ただし、この場合は、同社の技術が戦略的調達部門の条件に適ったためで、多くの企業は、納入先の株主構成が変化したため、失注した事例も多い。

最後に、取材した各社に2018年4月以降の最低賃金引き上げへの対応をお聞きした。

D社が景気変動にも生き延びているように、技術はマニュアルや機械設備が持つのではなく、それを使いこなす従業員、技術者の能力によるものが多い。それだけに人材が育つためには最低賃金は当然で、それ以上に能力を引き出す仕組みが必要と考えている。

J社は、正社員と派遣社員を半分づつ活用している。ピーク時には120人もいたが、今では半減して60人程度。派遣社員は1日当たりの単価は高いが、受注に応じて調整できるため、必要だという。また、成績が良い社員は正社員に引き上げている。いずれも最低賃金以上で雇用しているため、影響はほとんどない。A社、D社、H社ともすでに最賃を上回る給与を出しており、むしろ能力を如何に引き出すか、教育とISOの作業マニュアルの見直しをされている段階である。

(写真は、2005年1月にタイに進出したJ社)

 

以 上