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タイ

作成年月日:2014年8月

海外情報プラス

タイ国情報2014年7月

当地の日系企業を中心に7月の動きを5点にわたり紹介する。

  1. 日系企業の幹部、エンジニアの採用と育成
  2. 日本からの技術移転と、研修を受けた実習生のタイでの採用
  3. タイにおける外国企業規制法、外国人の職業規制
  4. タイ国での経験を生かして海外で人材確保を
  5. (補足)タイのクーデターの歴史と民政化への動き

1. 日系企業の幹部、エンジニアの採用と育成

今月は、日系広告業界、縫製業界の幹部採用と、食品業界のエンジニア採用について意見交換をした。結論として、待遇を改善しないと、例えば、日本人の幹部を採用するにはタイ人の事業部長クラスと同じレベル(月収15万バーツ前後)では優秀な人材が集まらない。

まず、タイの広告業界では電通や博報堂といった日系の大手企業とともに地場企業、欧米企業でも相当な規模の企業をする会社がある。顧客は、自動車や住宅といった高額商品から、飲み物、菓子など小額の商品までさまざまである。しかも、新聞媒体だけではなく、無料のTV放送もあって、広告宣伝は新しい技術、TRENDをどのように取り組みかが重要である。そのような世界の最先端の広告競争にあって、日本の広告業界経験者がどの程度役立つのだろうか? 英語もできる人材であれば、タイではなく欧米でも通用するのではないか? ということで、待遇面を先進国並みに提示できないと、優れた人材が集まらない。

これは現在の日本経済が回復基調にあって、今までは失業するよりは海外でも勤務するという方もあった。業界の卒業生に尋ねると、景気回復の恩恵を被る日本企業では特に広告業界の年収が1,000万円を超えるのであれば、海外ではそれ以上の待遇を要求されるのである。現地の広告業界とは年収で数百万円の違いがあるのである。

縫製業界はそれなりに厳しい現状もあった。しかし、今やタイ以外にも東南アジア各国で活躍できる日本人を確保するのであれば、それなりの待遇が必要となる。

一方、食品業界の設備エンジニアを探す場合でも同様である。特に、冷凍倉庫のメンテナンス、エンジニアは業界の壁を越えてどの業界にも転職できることから、定着率を高める方法など各社の工夫がいるのである。

 

BOIセミナー

(写真は、日系の冷凍倉庫)

 

2.日本からの技術移転と、研修を受けた実習生のタイでの採用

今回訪問した金属材料加工のJVは1979年タイに進出という業界でも相当早いタイ進出であった。

きっかけは、タイの主要産業である水産加工、農産物加工の製品を詰める缶詰の需要が急増することから、製造過程で必要な部材を供給することが求められた。パートナーからも、単に製品の輸入するのではなく現地生産、日本からの技術指導をうけてタイに定着した産業を興してほしいという命題があった。

進出して35年も経つと、日本から移管する技術も相当吸収されて、現在はメンテナンス技術を移管する段階まできている。

他方、中小企業国際人材支援財団(IM Japan)などの技能実習生がタイでは毎年数百人程度帰国している。しかし、日本での3K職場の労働者不足を補い、加えて日本の技術移転を促進する、という狙いがあったことから、タイに帰国してもその技能技術がそのまま生かせる職場が無い事例が多い。

そのため、派遣元であるタイ労働省とIM Japanが協力して帰国研修生の再就職を手伝っている。現実としては、再就職を希望するものとともに、帰国と同時に、自ら企業を起こす事例もある。

当初から、独立して自営する方と、高い給与を求めるタイ人では3年間で得られる成果は違いがあって 日本での技能検定も合格する労働者もいるのである。

 

 

ラヨン県のA工業団地

(写真は、金属加工のJV)

3.タイにおける外国企業規制法、外国人の職業規制

日本からタイに進出して事業を始める場合、3つの規制があることを最初に学ぶ必要がある。

1つ目は、入国に際してもVISAである。観光ではなく、タイで働くためのVISA取得にはいくつもの書類、審査が必要になる。軍事政権になって、この取り扱いがやや厳しくなると懸念されている。

2つ目は、事業そのものの規制、外国企業規制法である。タイの安全や防衛を犯す産業はもとより、タイがWTOに加盟した段階で、タイの地場産業を保護する項目は禁止、または規制されている。卸小売り、サービスについても1億バーツを超える大資本ならともかく、タイが主導権を握るかどうか、出資および実質的な経営の支配権がどうか、審査される場合がある。

3つ目は、設立した後でも職業別にタイ人しかできない職業もある。

今回、相談にあずかっているエンジニアリング業界は、サービス業としてタイ資本が過半数を握る対象であった。そのため、合弁契約、技術移転契約における根拠法や紛争が起こった場合の解決をどうするか、双方で意見交換を行ってきた。しかし、日本側は日本の法律を基礎に、タイ側はタイの法律を基礎に、と双方の主張が通らない。この場合は。現実問題としてどこで事業を実施するのか、紛争の処理も裁定と実行の場合を考えると、タイの法律は無視できない。その意味で、進出に先立ち、日本側でもタイの法律の概要を学ぶ必要がある。特に、労働法関連では、日本と異なるルールもあることから、経営幹部は一読をしておくべきである。

 

ネパール

(写真は、タイのR法律事務所)

 

4.タイ国での経験を生かして海外で人材確保を

今月訪問した日系企業はタイだけではなく、諸外国にも関連会社が展開されている企業もあった。

現職の幹部と面談すると、前任者がどこで勤務されているのか、話題になった。

1つ目は、タイを経験されてからブラジルに転勤された事例である。面談中、現地とも電話がつながり直接、お話もできたが、タイでの経験は役立った、とのことである。

特に、タイのように職場を転職するのが当たり前の国では、従業員の定着を図るのは至難の業である。そのため、転職が当たり前の仕組みが必要である。たとえば、職務分析とマニュアル作りが必要で、ブラジルでも転職が多い対策を練っている、とのことであった。

これはタイでの経営管理が役立った、とお聞きした。

2つ目は、タイからラオスに分工場を設置した事例である。タイの最低賃金が上がって、労働集約産業としてはタイの周辺国にその分野を移転させる事例。縫製業界、カメラの生産の一工程、自動車部品の工程では労働コストが引きあがった、ことから周辺国に分散をしているが、ラオスの工業団地では労働者の確保という面で、日系企業同士が競合をしている。

海外進出では、今までは進出が無い場合でも、後発が出てきた場合の対策も打たないと、先発企業は職業訓練学校の役割りになっている事例もある。

 

陸軍

(写真、ラオスのサバナケットにある縫製工場)

 

5.(補足)タイのクーデターの歴史と民政化への動き

タイでは、1932年立憲革命から13回のクーデターの成功、3回の失敗がある。 軍事政権―>政党政権―>腐敗による内閣改造、総選挙→政治の不安定からクーデター、という図式である。

 

1991年以降は3回
1991.2.23 
スチンダ―将軍のクーデター。5.月の流血事件のあと、国王が調停し、アナーン暫定静観が発足
2006.9.19
ソンテイ陸軍司令官がクーデターを実施。タクシン首相の追放。
2014.5.22
プラユット陸軍司令官がクーデター(首相は裁判で免職になっていた)

諸外国でのクーデターでは、旧国王の廃止、新国王の擁立、または王政の廃止などの統治機構そのものの変更を伴うがタイはそうではない。王政という思想の教育と共に、王政を維持する制度をつくり、国王が人徳保持者であるとういうパフォーマンスが求められる。現国王が86歳になられて、タイ国民に直接接する機会が少なくなる2007年以降は不敬罪など法律による王政の批判を封じ込め、法律を元に政治に介入する動きが増えてきた。根本に王政を維持する3つの機能(@国王が元首の民主主義という考え、A枢密院など王政を支える制度の構築、B開発の主役としての国王の役割り)の内、高齢のためBの国王が果たすパフォーマンスが少なくなってきた。そこで、政党政治家自身が国王と類似の役割を果たすと、王政によっては危機でもあり軍部の介入を招いた、というのが今回のクーデターである。

1年以内に政党政治に戻るかどうか、そのための国家立法会議(首相の指定と立法)、国家改革会議(憲法制定)などを設置して、本格的な憲法制定に備えている。しかし、国家立法会議では、半数以上が軍人と警察官から構成され、現在のNCPOに反対する意見など出てくるとは思われない。また、国家改革会議でもNCPOの任命など公務員や各分野の専門家が指名されることになって、民意が反映された選出ではない。

したがって、民政移管といっても、1年後どのような民間の政党政治に戻るのか、が注目すべき点でもある。

陸軍

(写真は、プラユット陸軍司令官兼国家平和秩序協議会議長)

 

 

以 上