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作成年月日:2012年4月

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タイ国情報2012年3月−最低賃金300バーツ時代への対応−

 特集

  今月は、4月から40%近い引き上げが決まった最低賃金の引き上げに対して日系企業はどのような対策を取ろうとしているのか、主に自動車業界、電機業界の対応を取材した。また、タイ政府投資委員会BOI主催の日系企業向けセミナーの運営を弊社が受託した関係で、タイ政府の動きもあわせて紹介する。

1.今、タイ政府労働省は最低賃金の引き上げをどう考えているのか?

4/3開催のBOI主催のセミナーですでにタイ政府幹部の説明も受けたので、以下簡単に紹介する。
1)労働市場の動向:2011年12月現在は、前年比44.10%まで求人需要は減少した。しかし、失業率は0.4%と従来とほぼ同じ水準である。
  (注)失業率の数字の背景を説明すると、1ヶ月に1日でも就労していれば失業者にならないこと、また、失業手当などの給付を受けていない(受けられない)ものは対象にならない。しかも、都市の工場から退職して田舎の農業の仕事を手伝っていればこれでも失業者とはならないなど、日本の失業者との概念が異なることに注意が必要である。
2)最低賃金の概念:タイ政府最低賃金が失業率やインフレ率に影響を与えるものではない、との考えで労働者に十分適切な賃金を支払うべきである、との考えがある。最低賃金は政労使3者から構成される賃金委員会によって決定される。一応、各県の賃金委員会での審議もあるが、最終は中央賃金委員会で決定される。その決定基準としては、労働者の生活に必要な水準、雇用者の支払う能力、経済面、社会面を考慮されている。
3)最低賃金と生産性:政府は企業が生産性向上への対応準備をすることが基本だと考えている。タイ政府は民間と協力して共同で職業訓練とテストを実施しており、また能力給制度の導入を決めて2011年から実施をした。
4)労働省幹部の説明では、政治的な背景には言及をされなかったが、労務専門家の説明では2011年の総選挙でプアタイ党が公約に掲げて勝利したことが大きな背景になっている。このため、Yingluck政権になって最初に実施した労働政策である。また、タイの企業はその事情は十分に理解されている。政労使3者の合意でと言われるが、最初から労働者側と政府が手を結んでいたことから経営者側としても最後まで反対できなかったことも事実である。

2. 日系企業の最低賃金40%引き上げへの対策

1)自動車製造業:労働省幹部の説明ではトヨタなど大手自動車メーカーではすでに最低賃金は300バーツを超えているため影響はない、とのことであった。弊社が取材した、日系の自動車メーカーM 社は、すでに3月には労使の合意あって給与改定がされていた。また、米系と日系の合弁のA自動車メーカーでは、3月末現在、最低賃金引き上げには異論はないが、300バーツの最低賃金を上回る労働者の給与についての見直しは労使間で協議中であった。

2)自動車部品製造業:今回最低賃金300バーツが適応されるのはバンコクおよび周辺県5県(サムットプラカン県、サムットサコン県、ナコンパトム県、パトムタニ県、ノンタブリ県)とプーケット県の7都・県である。しかし、その周辺の立地する県でも中心部が引き上げると同様に40%近い最低賃金の引きあげがあって、2013年1月には全国が最低賃金300バーツになる。このため、BOI投資第3ゾーンに立地する(つまりバンコクから遠い県だとされている)SA社(自動車部品製造、従業員3500名)では、3月末に社内では300バーツを想定した賃金体系を検討して労働組合にも提示する段階になっていた。同社は県内に2工場を持ち、現場のワーカーも3000名を越えるため、最低賃金の引き上げは同社の労務コストを大きく引き上げることになることと、単に引き上げることによって従来からある労働者不足が解消するのではなく近隣工場の最低賃金の水準も考慮しながら決定しないと、同じ工業団地内での労働者の移動が起こる可能性もあり慎重に検討をされている。 また、同じくラヨン県に立地するS社(自動車部品製造、従業員5000名超)でも3月末現在で労働組合との交渉が決定していなかった。そもそも最低賃金の引き上げへの対応をすることは労使の交渉ごとになるのか、との質問も受けたほどである。 上記の大手企業よりも影響が大きいのは中小企業である。 ラヨン県にあるA社(金型製造業、従業員70名)では熟練の労働者が大手の自動車メーカーから現在の給与水準の20-30%を越える給与を提示されて引き抜かれるという問題を抱えていた。そのため、最低賃金の300バーツには対応できるが、大手との労働者確保競争にどう対処するか、課題があった。このため、現場作業の一部をラオス、カンボジアに分散できないか、検討を始めたところである。生産性が40%引き上げできるなら、最低賃金の40%近い引き上げにも対応できるが、現実にはこれほどの急な引き上げに対処するには、コスト面の引き下げができる工場の分散をせざるを得ない、という考えである。

3)電機部品製造業 バンコクの北部に位置する電機業界に洪水後の状況を取材した。

@ ナワナコン工業団地に位置するN社(通信機器の一部製造、従業員450名)では、2011年10月の洪水で冠水。2012年になって一部復旧をしてきた。本社からは海外のこの工場が特定の機種の生産では唯一自社工場であって、その他のラインはほとんど外注生産に代替されてきた。そのため、資金面での親会社の支援と、保険による手当てで、設備の更新を行ってきた。従業員についても洪水期間中の給与も100%支給をして、水が引くと同時に工場の内部の整備、壁塗り、機械の復旧に従事している。 今回の300バーツ引き上げは、同社にとっては洪水以上に影響が大きい、とのこと。   生産性向上への対策を伺うと「従業員とのコミュニケーションを深めて、会社とともに生産性を引き上げる体制を作ること」と説明された。具体的には、幹部の意向を従業員に徹底させるとともに、従業員の改善提案などもくみ上げる仕組みづくりをされている。社長は従来、日本人幹部との昼食を共にすることがおおかったが、今は意識して、昼食はタイ人従業員と一緒に食べている、とのこと。タイ人社員は通常は朝食と昼食、残業をする場合、朝、昼、夜とも会社の食堂を利用しているとのこと。あるとき、社員から「社長はどうして朝を会社で食べないのですか?」と聞かれたとのこと。朝食も会社で支給すると出勤率が高まる効果がある、とのこと。

A 電子部品製造業 R社(パトムタニ県、従業員4500名)。同社も洪水の影響を受けて工場が数ヶ月停止したが、ようやく50%近い復旧になってきた。今回の300バーツ引き上げは、従業員数が多い同社にとって当面はコスト吸収が可能である。しかし、順次、生産性向上でカバーをするが、一部は販売価格への影響は避けられない、とのこと。ただし、世界的な価格競争の中で部品業界はなかなか納入先の了解を得るのは難しい問題がある。

4)電気製品製造業 最終製品を海外に輸出するF社(ラヨン県、従業員3500名)に最低賃金引き上げの影響を伺った。同社の電気製品は、季節商品であり、ワーカーを確保するには避けられない、とのこと。しかし、日系を含め、外資だけが影響を受けて、地場の企業も最低賃金を遵守するのか、との疑問も呈された。法律を守るのは外資だけで、地場が守らないような規制では困るというもの。

5)再生資源加工業 サムットプラカン県のN社(従業員150名)の代表に、最低賃金引き上げの影響を伺った。同社では、日本本社以外にも中国にも工場があって、いつも中国との比較をされるとのこと。今回の引き上げは、日本本社でも理解をされているため、本社への説明は問題がないが、現実に従業員の確保では300バーツだけでは難しい、とのこと。 このあたりは、業種、地域など考慮されて最低賃金が決まる日本と、大企業、中小企業に関係なく、一律に決まるタイの場合は、特に中小企業は影響が大きいとのこと。

3. 労働コスト引き上げと生産性向上の課題

1)労働省の幹部の説明では、過去10年間は、生産性向上と賃金引上げは毎年調整が可能であった。ところが今回は大幅な上昇になったことは承知している。

2)労働省は、熟練労働者の能力向上のインセンテイブを与えるため、必要な措置だとしている。

3)タイ政府としては、従来の低賃金を基盤にした労働集約型産業から高付加価値サービスを主体にした産業構造に切り替えるきっかけとしたい。

4)企業側の生産性向上には、提案活動、VA活動など地道な活動が基本だといわれる。政府が考える産業構造の転換など、民間ではすでに進んでいる部分もあり、変更できない場合はすでに周辺国に生産の基盤を移している。

5)生産性向上は、機械設備の更新、導入と同時にオートメーション化、自動化などが進む関係で、雇用拡大に直結するのもではない。

6)タイ政府投資委員会が考える投資奨励策の目的に、タイ国民の雇用拡大があるが、こ の最低賃金引き上げは、この目的とは必ずしも合致するものではない。

以 上