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タイ

作成年月日:2011年7月

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タイ国情報−タイ政府工業省と日系企業へのインタビューから− 

1.タイ政府工業省国際工業経済シニア専門家 Ms.AchariyaTeratanapong

 6/10に開催されたJapanese Manufacturing Forumに参加。タイの置かれている政治、経済の状況とタイ工業省が今後の施策で考えている課題について率直な意見が伺えた。労働問題は、タイ国のGDPの40%を占める工業部門の動きを無視して行えないことから工業政策と労働政策の重なる部分、今後取り組む施策を説明された。

 以下は、シニア専門家 Ms.AchariyaTeratanapong.Boonlertから紹介された工業省として現状をどのように認識しているか、今後の政策目標について伺った主な内容である。

1タイ国を取り巻く外部要員として次の6点がある。気候変動、地勢的経済状況の変化、地勢的政治状況、人口構造、製品の安全性、標準化、技術の動向などは大きく変化をしている。
2タイ経済の内部からも3つの変化があって、国家経済開発計画に生かされている。おもな変化は次の3点。@環境への関心が高まってきた。A2007年の憲法から開発に、国民の関与が無いとできない仕組みになった。B法律や規制、製品作りの標準化に生かされるようになった。
3国際社会の中で工業として取り組む特徴として次の7点を見ておかねばならない。GreenProduction(環境対応製品)、地球標準社会責任、知識集約化産業、新しい市場への参入、核となる能力の開発、地球規模でのサプライチェーンの構成、産業間の共生、の7点。

4)タイ政府は、2030年に向けて大きな工業開発構想を持っている。

短期計画   中期構想   長期構想

ValueChainの開発と強化

技術と確信の受容

R’&D

Green Industrial Zoneの開発

創造型経済、環境共生経済の開発

Green Industry開発

タイブランドの推進

タイ周辺国の開発

知識集約産業 産業の革新 持続可能な産業

5)工業省の考える政策の基準

@事業家精神の向上、高揚
タイの生産基準の高揚、事業家の国際的なスキルの向上、知的所有権の強化、R&Dの強化、科学技術の人材育成

A産業の基盤拡張
製造物の安全、環境基準の適用の強化、革新のための資本投下、産業人材と教育強化

B世界のビジネスチャンスを捕らえるための産業構造の適応
市場の規制緩和、世界とのネットワークの構築、協調

6)6つの工業政策

@2008―2012年の生産性マスタープラン
A産業人材の育成
B2008-2012知的産業インフラのマスタープラン
C経済的な注意喚起システムとデータベースの構築
Dワンストップサービスセンターの設置
E国際競争力を高めるための製造業開発プログラム

2.タイ人労働者を活用する日系縫製業 F社

(1)会社概況

1)1975年大阪で創業。タイには関連会社が5社。これ以外にも、中国に関連会社あり。

2)2004年9月に日本の商社と繊維業界が合弁で、バンコク郊外のR工業団地に縫製工場を建設。

3)従業員は2011年4月で700名。

(2)同社の人集め、人材育成

1)現在地では、タイの縫製企業が多いため、縫製の経験者が集まる。地方の工業団地では、同業他社がいないので、育成に時間がかかる。採用するためには、周辺の工場より多少、条件を良くすれば集まる。

2)同業のタイ人管理者の給与と日系縫製企業などと比較すると 安いのではないか。営業では10―15万バーツなど、支給するところもあり、優秀な社員は辞めないか?

3)同社の社内会議は、タイ人が主体に行っている。毎週、月曜日の主任以上の会議は、現場から問題提起がされて、同席する日本人には通訳がついて、タイ人主体で会議が進められている。

このような進め方をして8ヶ月程度であるが、タイ人の参画意識が高まってきた。

具体的な成果まで見えないが、効果が上がるとみている。

3.チョンブリ・ラヨン地区日系企業の労働問題

(1)団体の経緯 元チョンブリ・ラヨン日系企業連絡会として2000年に発足。AAT(マツダ、フォードのJV)代表が初代会長。少数の日系企業の集まりとしてスタート。2009年に日本人学校が現地に設立されたことから、企業関係の会から日本人会的な、家族も対象にした事業も開催するようになった。事務局はあるが、専任スタッフなし。ボランテイアのみ。現在213社加盟。内99社はJCC会員でもあり。

 

(2)事業内容

 地区別の委員を設置して、主に工業団地ごとに会員を取りまとめ。 部会は、商工部会、イベント部会、学校部会など6つの部会あり。

(3)商工部会では、会員企業の経営上の問題を意見交換する。

(4)労務交流会も開催しており、以下の希望が出ている。

@ 労働法制の改正に対する対応

A これまでの従業員の各種処遇制度の限界と歪

B 労働運動の拡大による労組組織化への対応

C 少子化に直面する一方、企業誘致が進むタイでの労働者確保

D 訴訟社会における対応

E 地域特性などテーマにして意見交換会、情報交換会などあれば、参加したい。

 

4.新しい形の海外進出、創業者日本人1名が事業継続を考えた I社

(1)会社概況(設立からの経緯)

 現在のS社長が商社を早期退職した資金を元に今まで駐在した経験もないタイを2000年の夏にはじめて訪問。タイは1997年の経済危機からようやく回復の過程にあり、元いた商社の同僚からの情報収集と、自らの体験からプラステイックのリサイクル事業に注目して2000年後半に現在の貸し工場を見つけ、機械を2台設置したのが始まり。商社時代もプラステイックを扱った経験がない。

 内部管理の難しさと商社時代の製造業の経験がないため、ISO9000を取得することからものづくりの基本を数名の従業員とともに学ぶ。ISOは、受注のための道具だと割り切っている。ただし、経営以前のタイ人との言葉の壁、考え方の壁にぶつかって悩み、ノイローゼになったり、うつ病にもなったことがある。

 その後の、タイ経済の右肩上がりの成長から、顧客も徐々に増えて、今では事務所のスタッフ6名、工場の技術者、作業者60名の会社に育ってきた。

(2)経営管理、労務管理の難しさ

 今まで、工場管理のあらゆる苦労を経験した。以下はその代表者の率直な意見。

1)ストライキ、サボタージュ、盗難、配達途中の商品の紛失

2)いまだに毎月の在庫が合わない。従業員からは、毎日、泥棒が入る、との報告を受けているが、それが本当かどうか、確かめようがない。

3)タイ人は微笑みの国民だと、表面的には思われているが、10年間、毎日付き合っているとさまざまな面が見えてきた。経営者が手を抜くと、問題が出る。

4)タイ人といっても華僑系のタイ人と地場のタイ人とは異なる。

5)代表が10年もいてタイ人の悪い面も見ながらどうして辛抱ができたのか?

6)K大学ボート部のしごきにも耐え、N商社の本社食料部で10数年も先輩、上司に鍛えられたことが、今になって生きている。海外駐在は、オランダ、フランスの欧州7年、NY2.5年、インド、スリランカの南西アジア6年も経験したが、東京の食料部時代と比べると天国と地獄。海外の業務は忙しいとはいえ、10数年本社で鍛えられたことが生きていた。

7)海外にいると、危ういことが見えてくる。最初は支店長など上司から勘が良いとほめられたが、食料部時代の海外の天候、運送上の事故対応、食料相場の激変などを経験すると海外の食料以外のビジネスではリスクが見える。

8)従業員(タイ人)の行動について一喜一憂していてはノイローゼになる。疲れる。言っただけでは、そのとおりにやらないことを達観した。

9)タイ人は、仕事がたとえ忙しくとも、飽和状態だとしても一定線以上の仕事はやらない。これできりきりしては勤まらない。

10)いえることは物事には日本的な杓子定規の考えではなく、幅をもって管理をすべきだということ。ある線の上と下では、注意をする。従業員の機嫌をとることもある。馬鹿を演出したこともある。

11)今では、内部の情報を開示して、会社が儲かっているかどうか、すべて見せている。

12)商社時代は年収2500万円のプレイヤーを経験したこともあるが、今では年収500万円の中小企業の社長だと割り切っている。

13)従業員の給与は周辺のタイ人が経営する会社よりは少し上である。最低賃金216THBに食事手当て、出勤手当て、夜勤手当を支給。賞与は、業績に応じて1−3ヶ月。待遇が悪いといわれて、社長の机の前で泣かれたり、社員に車を取り囲まれたり、給料袋を目の前で破られたこともある。これでひるんでは社長が務まらない。

14)リサイクルの仕事だから、3Kで大変である。

15)採用:操業当初は従業員が掲示板を出せば集まった。今はハローワーク、ビラ、社員の同僚、親戚に呼びかけても集まらない。

16)創業当初からタイでの事業が難しくなると考え、将来的に事業を継承するにはどうすればよいか、考えてきた。

(3)日本からの投資による系列化入り

1)2000年創業当初からISOは参考になった。しかし、BOIの投資恩典は必要があるか検討をしたが、国内取引で、メーカーからの委託でリサイクルする事業は必要がない、と考えた。

工業団地内の貸し倉庫と比べて、現在地は工業団地とも離れているため家賃が1/3、従業員の集まり具合も、まずまずである。将来は、わからない。

2)2009年(3年前)のリーマンショックで6ヶ月間、仕事が来なかった。それでも社員を首にせず、持ちこたえた。その前後に、日本から業界関係者が多数、見学にお見えになって、出資もするとのお声をいただいた。その中の熱心な1社に30%の株を持ってもらうことにした。苦しい時期を乗り越えることもできた。そのお陰で、回復基調になっても受注が順調に引き受けることが可能となった。2011年になって、増資も考えたが、今のままで、自分が持つ株式を売却して65%が日本から出資となり、社名もIと従来の社名がプラスした社名となった。親会社は業界で、全国的に有名な会社であり、業界関係者は誰しも知っている。

5.会社創業時の課題と対策  S社

1)会社概要 : 自動車部品、農業用機械の部品製造業。本社、群馬県。グループ工場は、群馬、米国、中国、タイ。

2)設立 : 2009年11月 資本金2000万バーツ、従業員10名

3)事業内容 : 産業機械用シート、自動車用部品製造

4)課題 : 立ち上げ時に米国以外には海外の工場管理を経験した人材がいないため、元米国工場の責任者がMDとして赴任。しかし、従業員とはタイ語でのコミュニケーションができないため、日本で工場勤務経験のある人材を政府系のI団体から紹介を受け、面接をしたうえで採用。ラヨン県の平均賃金よりは高いが、納入先のメーカーと比べて、相当安い人件費負担で運営ができている。また、通常の工場管理は日本で経験した数名の社員が1名の日本人社長の意向を受けて、仕事の段取りなどすべてこなせるほどになってきた。これは、ひとえに大きな工業団地の中に立地をせず、タイのパートナーが持つ工場敷地に空いた建物があったので借用できた事が大きい。課題は、このほど前MDが定年で、日本に帰国したことから、新MDがこれらの工場移転を含めて、業容拡大にどのように対応するか、問われている。その1つは従業員が定着してくれるかどうか、転職をいかに防止するかである。

6.金型製造業として、高度な技術が日本から伝承できるか T社

1)会社概要 : 静岡県が本社 2011年5月にタイ工場、開設。資本金500万バーツ、工場はラヨン県の工業団地内にある貸し工場を利用

2)事業内容 : 金型製造業、特に二輪エンジン用の金型用鋳造型製造

3)課題 : 鋳造の技術をどのように日本から移管できるか、が課題。従業員は日本の工場で勤務経験があるタイ人を日本政府とタイ政府との共同で実務研修を終えて帰国した直後に面接して採用できた。このため、日本的な会社運営、コミュニケーションもできることから立ち上げ時の人材教育では時間の節約になっている。しかし、複雑なエンジン鋳造金型がタイで製造できるのか、どうかまだ判断がつかない。

 毎日、日本から導入した機械の使用方法など指導して、順次技術の伝承を行っている段階。大手2輪業界にもまだ会社設立の挨拶にいける段階ではないため、しばらく試作品作りなど日本の応援を受けながら研修をしている。