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タイ

作成年月日:2011年6月

海外情報プラス

タイ国情報−タイ政府労働省と日系企業へのインタビューから− 

1.タイ政府労働省雇用局DirectorMr.BoonlertおよびMr.AnurakTossarat

 4/27にタイの労働市場に関して伺った内容は、タイの人口構成は少子高齢化が進展して、女性の社会化、家庭からの職場に復帰するための施策など、日本の今まで取り組んできた政策に近い施策を実施されていると説明された。

 ところが、参加された日系企業から特に質問が多い、外国人労働者の採用に関して、当日の質疑応答では十分説明がされなかったので、フォローアップの一環として取材をした。

 以下は、Mr.Boonlertから紹介された外国人労働担当DirectorのMr.AnurakTossaratから伺った主な内容である。

 ・タイ周辺国からの労働者、特に未熟練の労働者は100万人を超えると見込まれる。
 ・特に、タイ人が嫌がる3K(きつい、汚い、厳しい)分野に、ミャンマー、カンボジア、ラオスからの労働者が勤務している。
 ・未熟練外国人労働者は3つに別れる。

 1つは、正規のパスポート、労働許可を取得している。2つ目は、パスポートを所持せずタイに流れ込んで、不法に就労している。3つ目は、この中間で、IDカードを持って入るが、労働許可を取らずに勤務している事例。

 ・政府は、近くこのような不法就労者を正規に届け出てくれば、ビザ、労働許可を発行する最後のチャンスを与える予定がある(6/15から正式な受付が開始された)
 ・ただし、タイ政府投資委員会BOIの恩典を付与された企業は、上記の政府間協定によって採用できる未熟練労働に外国人を使用することはできない。BOIの恩典条件にはタイ人の雇用を拡大する、という条件があるからである。

2.日本の震災から生産調整を余儀なくされた自動車部品製造業 K社

1)会社概況 : 同社の事業は自動車用部品の冷間鍛造と機械加工及び精密プレスを行っている。同社は1995年貸し工場からスタート(日本の親会社、2社)して、その後事業の拡大に伴い、2009年 自社所有の工場に移転した。さらに2011年3月1.5倍に工場拡張した。現在の従業員は180名(内日本人4名)である。

2)日本の震災から生産調整 : 大規模な工業団地から少しはなれた中小企業が多く立地する団地に移転してから、同社の従業員確保は以前と比べて容易になってきた。2011年に入りややタイトになった、との情報も耳に入っていたが、自社では募集は以前と変わらない状況であった。

 ところが、納入先が大手日系自動車会社であるため、2011年3月の東北大地震の影響で、日本からの部品が届かない、というサプライチェーン体制の欠如が判明。親会社の生産が2011年4月中旬から70%ダウン(月曜日と金曜日は休業。火曜日から木曜日は通常勤務。残業なし)されたため、同社からの部品納入も減産を余儀なくされた。そのため、同社も従業員を休業日に合わせて人材教育、工場の整理整頓をさせてきた。1ヶ月近く続くと、従業員から残業代が無いため人事担当の部長から従業員から残業ができないか、との声が上がっていると報告を受けていた。

 メーカーの正式な発表に先立ち、日系大手自動車会社系列でもある本社から、日本国内の部品供給が改善するとの情報も入った。そこで、納入先の発表に先立って、在庫積み増しをする前提で、5月中旬から通常勤務に復帰することを考えて従業員に指示をだした。1週間後に日系大手自動車の生産体制が通常に戻ったが、その前から準備ができた会社である。

3)同社の特色 : 従来からの顧客の要望にそって生産拡大も行い、また従業員の教育にも投資をしている。特に毎年3名は日本に送り、日本の最新の生産技術を学べるように送り出している。

3.外国人労働者を活用する縫製業界

1)会社概況 : 2004年9月に日本の商社と繊維業界が合弁で、バンコク郊外のR工業団地に縫製工場を建設。従業員は2011年4月で700名。

2)外国人労働者の活用 : バンコクから離れると労働者の採用が容易ではないか、と見ていたが当初から苦戦をしている。1つは、エンジニア、管理者、通訳の採用が、バンコクならある条件で採用できるが、郊外でもあり、付加的な手当てを出さないと難しい。また、ワーカークラスでも同様。

 大手自動車業界から離れた立地でも従業員確保に苦労しており、地方労働局の許可を得て、ミャンマー人のワーカーを使用するようになってきた。その理由は、タイ人労働者が、地元出身者が多く、出勤率が季節により悪い時期もあり、生産拡大のタイミングと会わないことが多かった。また、熟練が求められる職種には経験が必要だが、なかなか定着せず、給与体系の良いサービス業に転職する事例もあって労働者の採用に苦労をしてきたことが背景にある。

 次の拡大には、現在地の同社は、上記の団地では外国人労働者を確保することはさらに難しいと考え、ミャンマー国境に近い地区に外注先を設ける予定もある。

3)タイにIT専門家が不在でも日本と情報の共有化 : 現在、日本からの受注をこなすため、デザインの送受信はメイルでやり取りをしているが、情報量が多く、本社からの指示が遅れること、またタイ国内の通信スピードは遅いため、いっそうの高度化、生産体制をスピードアップするため、クラウドコンピューチングを研究したところである。

 この考えによると、外部に情報を蓄積してそれを本社とタイ国とが同時に活用できる仕組みである。日本には情報化のためのスタッフがいるが、タイには専門職が置けないため、この仕組みに期待して、研究を開始したところである。成果が上がるには1年程度かかると見込んでいる。

 

4.ラオス進出を計画する自動車部品製造業A社

1)会社概要 : 2000年10月設立。自動車部品のプラステイック成型金型製造業。従業員140名。進出10年を経過して、学卒者も現場に入り、ワーカーと一緒に金型製造を一緒にする会社として、タイ社会では異色の企業として注目をされてきた。

2)深刻な労働者不足と、転職 : 日本では1990年代まで、金型業界は日本経済の成長とともに発展して一時は1万数千社まであるといわれたが、失われた10年で2000年には8000社まで減少。しかも、その後の、大手メーカーの海外進出により、海外での金型メーカーが成長するとともに日系企業が海外で、品質はもちろん現地企業との価格競争にも対応できるかどうか、が鍵を握る時代になってきた。金型業界では、現場を担う人材を育成できるかどうかがポイントである。

 同社では、タイ国内でも大型金型が製造できる1社として、大手メーカーから信頼され、タイ人社員も育ってきたことから、タイ人が取引先の日本人との営業、取引先のタイ人にも説明ができるようになり、いまや日本人は幹部に数名いるだけになってきた。

 悩ましいのは、自動車業界の現地化が進むことから、2011年になりタイ東部に、S、M、A社など自動車の工場拡大が着々と進んでいる。このため、同社は例年、東部にある職業学校、専門学校の新卒者を採用してきたが、2010年には1名も採用できず、タイ東北部にリクルート活動を行って、ようやく必要な従業員を採用できた次第である。

 同時に、転職の問題がある。金型の知識があれば、時には取引先やライバルから引き抜きがあって、他の社員との関係で、会社側としては引抜をとどめるような賃金が出せない。そこで、長期の人材育成のためには、タイ語がほぼ通じるラオスに生産工程の一部を移管する構想を暖めてきた。

3)ラオス進出計画の背景 : すでにタイには正規、不正規を問わず、ラオス人は数万人が働いている、といわれる。タイ語のTV放送が生まれたその日から毎日耳にしているラオス人にとってタイは隣国でもあり、また生活文化ともになじみのある国でもある。

 ラオスでは外資100%での会社設立が容易であり、タイ人が幹部として育ってきた同社としても、従業員確保が容易であれば、タイよりもむしろラオスでの新工場を設置することが容易ではないか、とも考える。

 通信事情の問題、労働行政など、タイとラオスとは体制がことなるものの研究の価値があるとみている。言い換えると、タイに子会社があれば、サテライト的に周辺国に孫会社をつくることも可能ではないか、と考えている。

 まだまだ、見えない課題もあるが、労働者不足から、タイ国以外にも進出を考えている中小企業の事例である。