各国・地域情報

インドネシア

作成年月日:2017年4月
インドネシア共和国

海外情報プラス

インドネシア国情報2017年3月

今月のテーマ

インドネシアの概要


概要

インドネシアの人口は日本の約2倍、面積は約5倍の規模を持つ東南アジア諸国連合 (ASEAN)の盟主です。正式名称を「Republic of Indonesia(インドネシア共和国)」と言います。

国家理念は「多様性の中の統一」、政治体制は立憲共和制で、人口は約2億4千8百万人(2016年時点)と言われています。

また、インドネシアは1万3千を超える大小の島々で構成されています。主な島として、ジャワ島、スマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島、ニューギニア島、そして、観光地として世界的に有名なバリ島があります。首都はジャワ島のジャカルタです。

民族は大半がマレー系ですが、約300にもなる多様な民族を抱える多民族国家です。 言語はインドネシア語を公用語としていますが、実際には各地でそれぞれ異なる言語が使われており、インドネシアの人々は複数の言語を使い分けるなど、まさに多文化・多言語社会でもあります。

国際的にみても、ASEANの本部はジャカルタにあり「ASEANの盟主」ともいわれております。こうした多文化・多言語の巨大な地域大国インドネシアは、その人口規模から外資系企業の投資が活発化するとともに、地場企業の事業展開も広がり、経済・社会が大きく変容しています。多様性の中でも「ダイナミックな成長を遂げる東南アジアのシンボル的な存在」の国ともいえます。

歴史

インドネシアという国が生まれたのは、第二次世界大戦後です。

では、それ以前はどうだったかというと、そこはさまざまな国家が勃興したうえオランダによる植民地支配や日本軍の侵攻という数々の出来事が起こりました。

1980年にジャワ原人の化石が発見され、ジャワ島には約100万年〜80万年前までには人類の先祖が存在したことが分かっています。その後、インドネシアへはマレー人が中国やベトナム周辺から移り住み、この地に仏教やヒンズー教を伝えたとされます。7世紀後半にスマトラから仏教国が興り、ボロブドゥール遺跡を残しています。

13世紀にはイスラム文化やイスラム教がインドネシアに伝わりました。そして、インドネシアの大きな転機は1602年にオランダがジャワに「東インド会社」を設立したことです。オランダは東インド会社を通じて香料とコーヒーの輸出を独占するなどし、インドネシアでの植民地運営で莫大な富を築きます。オランダによる支配は第二次世界大戦が終わるまで、およそ300年も継続しました。さらに、1942年から1945年まで、アジア各国への侵略戦争を展開していた日本がインドネシアを侵略しました。こうしたオランダと日本による支配を受けたインドネシアですが、独立を求める運動が沸き起こります。

そして、1945年8月17日には独立運動の指導者で後に同国の初代大統領となったスカルノがインドネシア独立を宣言しました。その後、オランダとの独立戦争が続きましたが、1949年にオランダがインドネシアの独立を承認し、正式にインドネシア共和国が独立を果たしました。

国民性

インドネシアの人々の国民性について、よく言われるのは「相互扶助の精神」です。

インドネシア語で「ゴトン・ヨロン」(助け合う)という言葉がよく聞かれますが、この助け合いの気持ちがインドネシアの社会に大きな影響を与えています。

具体的には、インドネシアにはムラ社会的な共同体への帰属意識が強い上、合意や相手とのコミュニケーションを重視すると言います。また、チームワークを重視するほか、安定志向が高く一部トップレベルの人を除くと労働者は長期安定雇用を求める傾向が強いです。同時に優しく困っている人に親切にしたり、情に厚かったりすると言われてますので、日本人にとっては馴染みやすいのではないでしょうか?

もう一つの国民性の特徴は「大国意識」です。なにしろ、広大な国土を持つ上、人口も多く、資源や食料もおおむね自国で調達できるインドネシアなので、「自分たちは自分たちでやっていける」、「インドネシアは大国だ」という意識が強く自国に対しとてもプライドを持っています。

こうした大国意識もあり、インドネシア人はプライドが高く、相手から下に見られる事を嫌います。インドネシア人と付き合う際には「相手の自尊心を傷つけないように気を付けたほうが良い」でしょう。

首都ジャカルタについて

1,000万人もの人口を擁する首都・ジャカルタ。世界屈指の大都市で、ASEANの事務局も設けられています。ジャカルタ近郊を含む都市圏人口は3,120万人(2016年)に達しており、東京の首都圏についで世界第2位という統計もあります。人口から見れば東南アジアで最大の規模を誇る都市です。

ジャカルタ行政区を含めたこの一帯はジャボデタベック(jabodetabek)と呼ばれます。これは、ジャカルタ(Jakarta)、ボゴール(Bogor)、デポック(Depok)、国際空港があるタンゲラン(Tagerang)、ブカシ(Bekasi)の頭文字を繋ぎ合わせたもので、ジャカルタ首都圏の呼称として定着しています。

ジャカルタの気候

インドネシアは赤道直下に位置し、熱帯性気候に属します。季節は乾季と雨季に分かれています。雨季は11月から3月で、突然の大雨、スコールがみられます。午後に雨が降る傾向にあるほか湿度が高いです。特に1月に大量の雨がふり、洪水(バンジール)が起こりやすくなります。

乾季は4月から10月で雨がほとんど降らないほか、湿度も低く乾季よりも過ごしやすいと言われますが、昨今は異常気象の影響なのか、雨季に雨が降らなかったり、乾季に気温が上がらないこともあります。

なお、ジャカルタの気温は、年間を通じて30度前後で推移します。

日本との関係

インドネシアでは、日本語学習者が世界第2位と言われるほど増えています。これは、高校の第2外国語に日本語が含まれたことが大きな要因となります。日本語学科のある大学では<文化祭>という言葉が定着しており、一番好きな日本の食べ物を聞くと「たこ焼き」と答えます。

また、日本への留学を希望する人も年々増えています。これは、少子化の影響もあり、外国人留学生を獲得するために英語で入学できるコースを設立する大学が増えているためです。卒業後に日本で就職をしたい人の割合も多く、ビザを取得するために専門学校や日本語学校への入学を希望する人も増えていると感じます。

最近、多くの自治体がジャカルタでPRを行っており、ローカルテレビでも日本の情報が毎週流れ始めました。日本がインバウンドを強化していることもあり、大手旅行代理店や航空会社が開く商談会には、プロモーションチケットを求め、多くのインドネシア人が来場します。観光先として、日本を訪れる人も増えていると言われています。

その他、多くのインドネシア人の技能実習生や日本・インドネシア経済連携協定(EPA)による看護師・介護福祉士候補者も来日しています。

反対に、インドネシアへ留学を希望したり、インドネシアで働く日本人は、一時飛躍的に増えていましたが、最近は宗教への理解不足やインドネシアの景気の停滞(期待値との比較)から減少していると感じています。

以上のような現状から、今後も両国の関係は発展していくと思います。

これまでは、めざましい経済発展に伴う自社の発展への淡い期待と、労働力が廉価で豊富に得られることから、多くの日系企業がインドネシアへ進出をしました。

しかし、現在のインドネシアの厳しい投資規制や最低賃金の高騰などから鑑みると、安易な進出は経営基盤を揺るがすことになりかねません。事実に基づいた市場分析やターゲッティングを行い、進出が失敗する可能性を極小化する必要があります。

以 上