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インドネシア

作成年月日:2013年5月
インドネシア共和国

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インドネシア国情報2013年5月

インドネシアの駐在の安全について

 前回、前々回と日揮のアルジェの事件、インドネシアの洪水被害に接し、「海外駐在員の安全」について考察して来た。 前々回お示しした、アジェンダに従い、今回は、「インドネシアの駐在の安全」について、考察したい。

1.前々回お示ししたアジェンダ

(1) 今回のインドネシアの洪水の被害は、人災か?
(2) 日常生活の安全について
(a) 職場の安全
(b) 日常生活の安全
@運転手
Aお手伝いさん
B最近の日系人殺害事件について
(3) インドネシア駐在の安全について
(a) テロと宗教対立
(b) 鳥インフルエンザ
(c) 地震と津波
(d) これからの政治の不安定要素
(4) 最後に

1.テロと宗教対立

(1) 宗教対立

(a) 当地は、世界最大のイスラム教国ではあるが、国教ではなく、憲法でも信教の自由が認められている。

(b) 当局は、多様性の中の統一を実践し、「宗教対立」を避けようとすることが、建前である。ジャカルタ中心部に、イスラム大寺院と大きなキリスト教会が隣り合わせにあるのも、その象徴と言える。

(c) しかし、近年イスラム教の強化が計られ、(例えば、女性のジルバブ※の使用率は、年々増加している)キリスト教会の新築や礼拝に対するイスラム教徒の妨害は散見される。

※イスラム教徒の女性が、髪や顔を覆うためのスカーフ

(d) 一方、キリスト教徒の数も年々増加の傾向がある。プロテスタントである筆者が、毎日曜日 教会に訪れると、若年層の数は確実に増えている。

 

(2) テロについて

(a) このような微妙なバランス関係の中で、2001年9月11日のニュヨーク同時多発テロ事件発生以来、インドネシア当局は、テロの対応に取り組む中、残念ながらテロ事件がいくつか発生した。代表的なものは以下のとおりである。

@2002年10月12日、バリ島

A2003年8月5日   ジャカルタ マリオットホテル

B2004年9月9日   ジャカルタ オーストラリア大使館

C2009年7月17日  ジャカルタ リッツカールトンホテル

一連の事件の首謀者とされていた、ヌルディンは、当局により射殺されたが、テロ関係者は未だ逃亡中であり、新たな要因がリクルートされたとの報道もあり、また、隣国、或いは中東からのテロリストも潜入している可能性は否定できない。

(b) 最近は、テロ事件の報道は少ないが、当地に生活する者は常に、テロの脅威は継続していると認識しておくべきであろう。

2.鳥インフルエンザ 

(1) 世界最多の死亡者数

(a) インドネシアは、世界で最多数の高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)の感染確定症例数と死亡者数が、報告されている。

(b) WHOによる統計(2003年〜20012年まで) 

    確定症例数 死亡者数
1位 インドネシア 188人 156人
2位 ベトナム 123人 61人
3位 エジプト 164人 58人
全体   598人 352人

 

 

 

 

 

(c) インドネシアの死亡者数の年別推移

2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
13人 45人 37人 20人 19人 7人 10人 5人

(d) インドネシアの死亡者数のピークは、2006年の45人である。当時は、大きな社会問題となり、企業によっては、家族を帰国させてところもあった。工場では、入場前に体温測定する等、色々な対策が採られていた。

(2) 現在の状況

(a) そもそもインドネシアの食生活は、豚肉がイスラム教で禁じられ、牛肉は高価であり、鶏肉がどうしても中心となる。

(b) 元来、インドネシア人は鳥好きで、ペットとして鳥を玄関に飼う家も少なからずある。2006年当時は、玄関前の鳥かごは、すべて撤去されたが、最近、復活しつつある。

(c) 現状では、鳥インフルエンザへの関心が薄れ、パサ−ル(伝統的市場)では、
鳥の屠殺が復活し、下町では、鶏を放し飼いにしている状況である。

(3) 注意すべき事項

駐在員としては以下のことを最低限実践すべきであろう。

(a) 生きた鳥に近づかない。

(b) 加熱した鳥を食する。

(c) 手洗いの励行。

4.地震と津波

(1) 日本とインドネシアの大地震

(a) 日本では、2011年の東日本大震災が、未だ大きな問題となっているが、インドネシアも活火山が多い。2004年の大地震では、インド洋沿岸諸国で22万人以上の犠牲者が出た。

(b) この災害で最大の被災地は、インドネシア最北のアチェ州で、ここだけで16万人以上の犠牲者を出し、壊滅的な被害を受けた。

(c) 2004年当時、筆者は着任して2年目であったが、あの津波で一瞬にして流された街のテレビ映像は、未だ脳裏に焼きついている。その時の運転手は、アチェ出身で、彼は先頭に立って募金を会社で、地域で募っていた。いわゆる「ゴトンロヨン」の精神である。

★ゴトンロヨン= 相互扶助の精神、家庭内の助け合いは、もとより、隣組、村全体、村同士というように、困ったときは共同体として、お互い労力、知力、物資等の援助をしあうのが、当地の(都市部においても)基本的、伝統的精神である。)

(2) 津波の絵本

(a) 高校の「地学」の恩師 柴山先生の津波の絵本をインドネシアで配布する活動について紹介したい。

(b) 柴山先生は、90年代日本の高校の修学旅行海外化の傾向の中で、目的地にインドネシアを選択。人気のあるシンガポールや韓国よりも、豊かな自然、多様な文化や民族が、多感な高校生に吸収すべきものが多いのではないかと考えられたからであろう。

(c) この修学旅行の実習の1つとして「地震、津波の仕組みを絵本でインドネシアの小学校の生徒に教える」という活動があった。修学旅行は、2001年のNew York World Trade Censter 同時多発テロ事件後、残念ながら中止となったが、その後も、毎年10年以上、絵本の小学校への配布は続けられている。

(d) 先生によると「絵本の配布で、実際に高台に逃げて津波から助かった小学校があり、この活動はやめられなくなった。」とのことである。

(e) 2009年、先生一行が、ジャワ島の南東、インド洋に面したPulabuhan Ratu (日本語では女王海岸の意、ホテル大倉が建設したホテルが残っている。)に、絵本を持って「地震と津波」の講演に来られたとき、高校卒業以来30年以上ぶりに再会した。その時、この非常に意義のある活動の詳細を伺い感動した。

4.これからの政治の不安定要素

ユドヨノ大統領の任期が、(最長10年と制限されている)切れる来年以降、政治の権力構造の不安定化が予想される。

これは、今後のインドネシアの動向を占う大きな問題であり、改めて別稿で、考察したい。

5.最後に

3回にわたり、海外駐在員の安全について考察してきた。

当地に10年余り駐在して実感しているのは、「縁あって、ありがたく当地で生活させて頂いているという真摯な気持ちが、肝要である」ということである。

この観点からすれば、「安全」について保守的に、言い換えれば、慎重にも慎重を期して日常生活を送ることが大切である。

真摯で、慎重な生活を心掛ければ、インドネシア人は、元来、穏やかな人種であるから、我々日本人に対しても、「安全」について味方になってくれることが期待できるかもしれない。

以 上