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作成年月日:2015年2月

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インド情報 2015年1月

訪印オバマ米大統領の訪印
印米新時代の幕開け

米国がインド接近を強めている。昨年9月のモディ首相訪米の答礼として25日、共和国記念日パレードの主賓としてオバマ大統領がインドを訪れた。

それに先立つ12日、モディ首相出身州のグジャラート州で開かれた“活力あるグジャラート・サミット”に米国からケリー国務長官をはじめ、米国企業60社、127人が参加した。バン・ギムン国連事務総長、ジム・ヨン・ギム世銀総裁も出席した。

参加国代表団に対し、サミットをグジャラート州首相時代に始めたモディ首相は、「予見できる、透明、公平」な政策を約束し、迅速、成長を目指した必要な協力は惜しまないと「メイク・イン・インド」への投資を呼びかけた。

これに応えて、米国企業からは3〜4年内に410億ドルの投資を行う意思表示がなされ、30件の契約が締結された。

ケリー国務長官はモディ首相の実行力を高く評価し、両者間で気候変動、防衛、原発、経済協力、テロ対策、海洋安全が話し合われたことを明らかにした。

モディ首相の“全家庭に電気を”という野心的プロジェクトに全面協力するとし、具体策を早急にまとめたいとも述べた。オバマ大統領訪印の先導役を果たしたといえる。

庶民的人気の両国首脳

インドのメディアのオバマ大統領訪印の扱いは、通常の国家元首の訪印の扱いとは大きく違ったものであった。連日、分刻みの訪問先のエピソードや大統領警護などを報道しアイドル的な扱いであった。今まで米大統領で2度訪印したのは、オバマ氏が初めてで、モディ氏とオバマ氏という庶民的な両国首脳に好感を持つインド国民の感情を代弁した報道のように見えた。

首脳会談では一番大きな成果として、2008年の米印原子力協定調印後、進まなかった原発輸出に向けての合意が為されたとされているが、あくまでも事故が起きた場合の米国原子力メーカーの責任に制限を設けることで合意しただけで、全面的な開放とは言い難い。インドの原子力産業に米国からの投資が流れ込むことは期待出来ないと見る向きが多い。1984年のインド中部ボパールで米企業が起こした有毒ガス漏れで2万人以上が死亡した事故の記憶がインド国民の後遺症として残っていること、また米国側には、モディ氏が州首相時代に宗教暴動を放置したとして米国ビザの発給が拒否されてきたが、米国の人権団体ではモディ氏の責任を問う圧力は強いことで、この辺が妥協点であったようだ。

政府関係者によると、両首脳が最も時間を割いたのは、台頭する中国への対応の話し合いであったとのこと。共同声明では、中国を名指しはしなかったが、海と空の航行の自由の重要性を訴え、「特に南シナ海での海洋の安全保障を保護する」としている。

経済面では、モディ首相は保険や医薬品など幅広い分野での自由化を約束したが、早期に実行に移されれば、欧米、日本、中国からの投資が増えるだろう。 何よりの大きな成果は両国首脳が親交を深めたことで、約束されたことが実行に移されれば、インドにとっての成果は大きなものになろう。

しかし、両国首脳は個人的な親交を深めたように見えるが、オバマ大統領の任期は2年を切っており、次期大統領の出方如何では、印米関係は元のような冷却した関係に戻る恐れはある。モディ首相の本音は、“頼りになるのは、どちらも長期政権の安倍首相の日本”と言うところではなかろうか。日本企業にとってインド進出の好機と言えよう。(了)

2015年の雇用市場拡大
新規100万人 賃金上昇率15〜20%

いくつかの人材紹介派遣会社の報告書を見る限りは、インドの2015年の雇用市場は近年で最も明るい見通しだ。市場は10〜14%拡大し、同時に賃金上昇率も15〜20%と予想しているところが多い。特にネット通販、IT関連、一般消費財、航空、旅行・ホテル・外食産業などホスピタリティ分野の伸びが大きいとしている。恩恵を受けるのは小中都市の新卒者や半熟練者であると見ている。

2009、10年は世界の経済退潮の影響を受け、雇用市場の伸び率は一桁台であった。2011、12年は盛り返したが2013年には大きく落ち込んだ。2015年には100万人の新規雇用が期待できるとしている。

賃金上昇率は2014年、平均10〜12%であったが、2015年は15〜20%と予測しているところが多い。航空、ホテル分野では40%まで上昇すると予測しているところもある。

どの報告書も、モディ政権誕生により、外国企業のインド参入が増加し、雇用市場拡大の起爆薬になると分析している。(了)

モディ政権の野心的な労働政策
2020年までに3億人研修

政府は2020年を目標に、3億人に技術研修を行うという政策を打ち出す。 3億人と言えばインド国民4人に一人という野心的な政策だ。

最近開かれた技術開発・労働関連省庁の会議を主宰したモディ首相は、“目標達成は挑戦である”としながらも、政府機関が蓄積しているノウハウを集め、行動計画を作成し、実行に移せば決して不可能ではないことを強調した。

記者会見で、ルディ技術開発・起業大臣は、3億人に技術研修を行うには4兆ルピー必要であるとした。この節減が当面の課題であるとも述べた。

「州政府の協力、鉄道、空港、全国広がる公的機関、軍隊などの持つインフラを有効利用して節減に努めたい」と述べた。研修は特に“ソフト・スキル”に重点を置きたいとしている。「首相が強調したのは、読み書きが出来る全ての国民の“ソフト・スキル”を向上させること」と述べた。

政府は、前政権が2009年に制定された2022年までに5億人の技術向上という国家技術開発政策は非現実なものとして見直すとも述べた。

また、取得した技術のレベルに基づく公的資格制度の設定を早急に行うことを明らかにした。これによって雇用者側の雇用が容易になると述べた。(了)

首都デリーの州議会選挙
AAP党優勢 出口調査

首都デリーの1月は、オバマ米大統領の訪印と、それに次ぐ州議会選挙運動のニュース一色であった。

州議会選挙の投票は2月7日行われた。開票日は10日。

調査会社6社の出口調査を見る限りは、アルビンド・ケリジワル党首のAAP(庶民党)の優勢が伝えられる。議席数は70。投票率は67.08%で過去最高。

2013年12月の65.86%を1.22%上回った。今回の選挙に対する州有権者の関心の高さが分る。6社の予想獲得議席を平均すると、AAPが43、BJP(インド人民党)25、国民会議派2となり、AAPの単独政権が生まれる可能性が濃厚だ。選挙戦はAAPとBJP、国民会議派の三つ巴とされていたが、最終的にはAAPとBJPの激突と予想されていた。

AAPは、2013年12月の前回選挙で新党ながら“汚職撲滅”をスローガンに掲げ、長期政権の国民会議派に代わって勝利し、ケジリワル政権が誕生したが“汚職撲滅法”が議会を通らなかったことを理由に49日間で政権を投げ出してしまった。その後、州知事統治が続いており今回の選挙になった。

AAPのカムバック成るか、それとも、マハラシュトラ、ハリヤナなどの雄州で勝利したBJPの“モディ・マジック”が通用するか、選挙戦は注目を集めていた。出口調査を見る限り、デリーの有権者は“汚職撲滅”のケジリワル氏に旗を挙げたようだ。

中央政権の足元の首都デリーに、他党政権が誕生するモディ首相にとって、今後の政局運営に付き、困難が生じるという見方もある。しかし、首都といえども地方行政のことなので、外国企業の関心事である外資開放については、中央政府の専権事項であるので、影響は大きく無いと見てよかろう。(了)

追記:デリー選挙 AAP党の完勝
70議席の内67勝利

デリー州議会選挙の開票が2月10日行われた。AAP党が70議席の内、67議席を獲得した。BJPは3議席。国民会議派はゼロ。

これほど大差がついた選挙結果が、インドの中で最も人々の近代化意識が進んでいるとされる首都のデリーで起きることを予想した人は、国内外に誰もいなかったと言ってよい。デリーの有権者自身も驚きを持って受け入れていた。

獲得投票率はAAPが54.2%、BJP32.2%、国民会議派9.7%で、デリー州民の圧倒的な支持を受けた結果であることが分かる。 全国的に、昨年の下院選挙、影響力のある大きな州の選挙と、モディ氏率いるBJPの快進撃が続いていた。デリーでも“モディ・マジック”が再現すると予測する識者は多かった。しかし、選挙戦初日の大集会で、よそ者のモディ氏登場に対する有権者の対応は鈍かった。BJPは急遽、清廉潔白で厳格な女性警察官僚として、庶民レベルで人気のあったキラン・ベディ氏を州首相候補とする戦術に代えた。そのベディ氏さえも落選してしまった。

中央レベルでは紅茶売りから立身出世したモディ氏の出現。首都では結党日の浅い、政治には素人臭のするAAPの大躍進。一方、独立以来ガンディー王朝をバックにインド政治を支配してきた国民会議派の大惨敗。

インド社会で地殻変動が起きてきているようだ。民主的に、草の根レベルから大きな変革が起き始めている。歓迎すべきことだろう。

進出日本企業も、この流れを今以上に注視していかねばならないだろう。(了)