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インド

作成年月日:2014年10月

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インド情報2014年9月

超もてのモディ首相(1)
習近平中国国家主席のインド訪問

9月初めの日本訪問を終えてインドに戻ったモディ首相を待ち受けていたのは、習近平中国国家主席のインド訪問であった。モディ首相の訪日が大成功であったことが全世界の注目を集めたことが習主席を刺激したようで、インドの重要性を再認識し、中国国家元首としては1954年の周恩来以来60年振りの訪印となった。今回の国家元首訪印は異例ずくめで、一つは訪印の第一歩をモディ首相の故郷、グジャラート州から始めたことだ。それもモディ首相の64才の誕生日に合わせたものであった。

一方、モディ首相の方も、国家元首はデリーで迎えるという慣行を初めて破って、17日、グジャラート州アーメダバードで習近平主席夫妻を迎えた。数日前まではデリーで迎えるものとみられていた。また、政府協定はデリーで調印するという慣行も破られ3協定が結ばれた。

モディ首相と中国の関係はグジャラート州首相時代から始まっており、中国は2002年の宗教暴動事件を放置した件に関しても、モディの入国を禁止していた米国とは違って好意的な対応をしていた。先見の明があったと言えようか。  

メディアはかって女優であった習夫人の清楚な衣装、フレンドリーな立ち振る舞いに魅了されたようで好意的な報道をしていた。中国は内助の功もあり、トップ同士の個人的な友好関係をアッピールする作戦は成功したように見えた。

しかし、6時間の滞在後、デリーに移動した両首脳は翌日、首脳会談に臨んだが、空気は極めて厳しいものであったようだ。モディ首相は国境問題の根本的解決を最重要案件として取り上げたが、習主席の反応は“聞き置く”程度のものであったようだ。実効支配線で中国軍隊の侵攻、小衝突が繰り返されている現実を熟知しているメディアの習主席に対する扱いは冷たいものがあった。

経済面で、習主席は今後5年間で200億ドルの投資を発表したが、メディアは、“日本は2週間前に350億ドルを約束した”と揶揄するような報道であった。発表前までは、1,000億ドルを約束するという憶測が流れていたが、モディ首相の世論に配慮した国境問題の強硬姿勢に200億ドルに減額された、と見ている評論家もいる。

今回の習主席訪印の評価は分かれているが、60年ぶりに両国首脳のパイプが確立されたことで、安保、国境問題では引き続き緊張が続くが、少なくとも経済面ではインドにとってもプラスに働くと見ることが出来そうだ。(了)

超もてのモディ首相(2)
モディ首相の訪米

米国政府はグジャラート州首相であったモディ氏が2002年に起きた同州での宗教暴動に際しイスラム教徒の虐殺を黙認したとしてビザ発給を2005年から停止してきた。オバマ大統領はモディ氏がインド首相になったことで米国に招待したが、どのような成果が出るか、インド国民の関心は高かった。

インドと米国の結びつきは4年前にオバマ大統領の訪印があったが、政府間レベルよりも民間レベルで強く、米国に移住し米国社会に溶け込んだインド人の活躍が目覚ましく、マイクロソフトやペプシコーラなどの主要企業のトップのほか、国防省など政府幹部クラスにもインド系米国人の登用が進んでいる。また、米国で学び、インドに戻って起業し成功しているインド人も多く、特にITビジネスではインドと米国の絆は切っても切れないものがある。

インド国民の注視と期待の中での訪米であったが、メディアの反応を見る限りは大成功であった言える。特にモディ首相は28日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれた1万8,000人の米在住のインド人が集まったロックコンサートに参加し、英語で7分間スピーチを行い熱狂的な歓迎を受けた。ちなみに日本の講演会ではスピーチはヒンディ語であった。米国であったので英語を使ったが、サンスクリット語で、“世界に平和を”と呼びかけ、“ナマステ”と挨拶することでインド人としての矜持は保った、とインドメディアは好意的に報じていた。司会者の俳優ヒュー・ジャクソンに、「紅茶売りから、グジャラート州首相に、そして重責を担うインド首相になった」と紹介されたモディ首相は「インドは21世紀のリーダーになる。インドは君たち若者によって変えられる。君たちには未来がある。今日この公園に集まった君たちに希望の流れを見る。」と語った。モディ首相は従来のインド首相とは違ったアプローチで米在住インド人のハートをしっかりつかんだようだ。

30日、モディ首相はオバマ大統領とホワイトハウスで首脳会談を行った。

両首脳は印米関係の提携強化を打ち出した。冷え込んでいた印米関係を改善し、中国の海洋進出を視野に入れ、安全保障面の協力を軸に、インドの防衛産業に米企業の参加を受け入れることなど、経済面で結びつきの強化を図ることでも合意した。モディ首相は日本を入れた日米印の連携の重要性をオバマ大統領に提案したようで、3か国の外相会談を開くことを確認した。

今後10〜30年の世界経済は技術、資本、労働力、市場を持つ人口30億人のJAIC(日本、米国、インド、中国)4か国が主導権を握りそうだ。この中で日米とは民主主義という共通価値観を持つ友好関係、中国とは一目置かれる存在のインドの重要性は増してくるだろう。(了)

失業者1億1300万人
2011年国勢調査

9月24日に発表された2011年国勢調査によれば、1億1,300万人のインド人が職を求めている。15〜60歳までの勤労人口7億4,800万人の15%を占める。

全インド世帯の28%に当る7,000万世帯が1人以上の働きたくても働き口が無い家族を抱えていることになる。調査では一世帯の失業者上限を4人にしているので、実際の失業者数は1億1,300万人を上回るかもしれない。この失業者の中には主婦、学生などは含まれていない。2001年の国勢調査では23%の世帯が失業者を抱えていたが、この10年で28%に増加した。また15〜24歳の20%、4,700万人の若者の働き口が無い。都市部の失業率は23%、農村部30%。2001年では都市部と農村部の格差はさほど大きくなかった。この10年、農村対策が上手くいっていない証拠とメディアは報じている。

特に直近の3年間では画期的な農村対策、失業対策が取られておらず、これが2014年の総選挙でUPA政権が大敗した要因であったと見ることが出来そうだ。

州別に見た場合、最も失業率が高かったのは西ベンガル州の54%、次いでジャム・カシミールの48%、ジャルカンド42%、オデシァ39%、ビハール35%などインド東部、北部の州の失業率が高い。一方、西部、南部の州ではマハラシュトラ14%、グジャラート12%、カルナータカ14%、アンドラプラデシュ18%、タミルナドウ18%と失業率が低い。このことは州の工業化進展の度合いによるものと見ることが出来そうだ。(了)