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インド

作成年月日:2011年9月

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「現代のガンディー」アンナ・ハザレ氏の断食活動

多様な意見が存在するインド社会

 

 インドは世界最大の民主主義国家を標榜しており、三権分立が名実ともに根付いている法治国とされている。事実、全てのもめごとは最終的に裁判所の判断を仰ぐことで決着がつくことで国民は納得しており、最高裁の最終判決に対し異議を申す者は皆無と言っても言い過ぎではない。しかし、この三権分立の社会制度に挑戦するような、古くから存在しているインド特有の形の社会改革運動の狼煙が上がった。

 

強力な汚職防止組織を求め断食運動

 今、インドの新聞やテレビは、汚職防止組織(ロクパル)の設立を求めて断食を続ける社会活動家アンナ・ハザレ氏のニュースで持ち切りである。インド各地でハザレ氏を支持する集会が開かれ、社会階層を越えた多数の人々が支持を表明している。一つの集会に数万、数十万人の支持者が集まることも珍しくはない。マハトマ・カンディーがイギリス植民地支配に対抗する手段として用いた断食により汚職根絶を訴えるハザレ氏は、「現代のガンディー」ともいわれている。

 ハザレ氏の国民的人気はとどまるところを知らないが、それでもハザレ氏やその運動に対する批判の声もある。これらは今のところ少数意見に過ぎないが、ハザレ氏の運動を客観的に位置付けるには役立つはずであり、その批判を通してハザレ氏の改革運動の真価を見てみたい。

 

批判(1):議会制民主主義の否定

 議会による法律制定の手続きに従わず、断食により自分たちが提案している法律の実現を試みるのは議会制民主主義の否定であるとする意見で、ハザレ氏の運動に対する国民会議派現政権の基本的立場である。ハザレ氏への対応について政権を激しく批判している野党のインド人民党(BJP)や共産党マルクス主義派(CPI-M)も、この点については意見の一致をみており、ハザレ氏側が提案している法案をそのまま受け入れることはできないとしている。既存政党はハザレ運動に対する国民の支持の拡大に神経を尖らせているが、一方では、一個人の改革運動には限界があるとして、多寡をくくっているようにも見える。

 

批判(2):イスラム教徒はハザレ氏に反対

 デリーにあるモスク、ジャマー・マスジドのイマーム(宗教指導者)であるサイード・アフマド・ブハリ氏は、ハザレ氏の運動は反イスラム的であり、イスラム教徒は運動を支持しないように説いている。ブハリ氏は「バンデー・マータラム」(インドの愛国歌)や「母なるインド万歳」などの掛け声を用いるハザレ氏の運動をヒンドゥー教寄りとして批判するとともに、運動の資金が民族義勇団(RSS)などのヒンドゥー至上主義団体から出ているのではないかとの疑念を呈している。

 ブハリ氏の意見は、あまりに狭量であるとして、他のイスラム教徒指導者からも批判を受けたが、ハザレ氏の運動とヒンドゥー至上主義団体とのつながりを不安視する人は少なくない。しかし宗教的対立の色彩が強くなると、衝突回避の動きが国民の中から出てくるのもインドの特徴であり、ハザレ氏の運動がヒンドゥー対イスラムというところまでいくことはないとの見方が有力だ。

 

批判(3):ハザレ運動は上流階層のもの

 ブッカー賞受賞作家のアルンダティ・ロイ氏は、インド日刊紙に「私はアンナ氏になりたくない」との意見を発表した。ロイ氏は、ハザレ氏の運動は、農民の自殺、先住民族の抑圧、開発による住民の強制立ち退きなど、社会の下層に位置する人々の問題を無視したものであり、上流階級の甘えの現れ、と批判した。ロイ氏は、ハザレ氏が過去に2002年グジャラート州でのイスラム教徒虐殺事件への関与を疑われているナレンドラ・モディ州首相の開発モデルを称賛したことがあるほか、ハザレ氏の側近グループのメンバーのほとんどが多国籍企業などから資金を受け取っていると指摘している。

 

必ず反対、批判が出てくるインドの土壌

 何事にも必ず反対意見がでてくるのがインド社会であり、国民の広い支持を受けているハザレ氏の運動ですら例外ではない。これからもこうした反対意見が相次ぎ、運動の足元を崩してしまう可能性すらある。しかし、ハザレ氏の運動もインド社会の「反対意見の表明の自由」に依拠している部分が大きい。多様な意見が許される風潮はインド社会の弱みであると同時に、強みにもなっている。

 

ロクパル法案成立の見通しは立っていない

 政府はマンモハン・シン首相がハザレ氏に親書を送り、ロクパル法案の早期国会上程を約束した。ハザレ氏もそれを受け断食を中止した。しかし、今国会では法案とならず、次国会に持ち越されたが、ハザレ氏が要求している厳しい形での法案成立は疑問視されている。(了)