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作成年月日:2015年7月7日

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海外情報−中国6月分

作成者:中国 上海 佐藤 忠幸
分野タグ:人事・労務、その他

出向者の上司はだれだ

蘇州工業開発区のM社は特殊化学製品を作る日系企業である。 当初は、日本やその他から輸入した製品を詰め替えただけで二次加工したと称して、華東地区の日系企業に、親会社の指示に基づいて販売していた。それでは現地法人としての限界を感じ、M社でも本格的な自主生産が開始された。 しかし、生産設備、生産人員、管理スタッフ、その他において常にズレを生じ、自主生産を開始した途端に大きな赤字を生んだ。そこに、営業部長として出向派遣されたのがK氏である。

販売計画を作らない営業部長

M社の販売先の大半が日本の親会社の紹介(というよりも納入指示)であり、K部長は新規の販路開拓の必要性はあまり感じていなかった。仮に販路開拓の必要性は感じてもその経験も知識もなく、出来なかった。

したがって、過去の実績に基づいて販売をするだけであり、販売計画も作らなかった。というよりも、販路開拓も出来ないのであるから販売目標も建てられず、販売計画も作れなかったのである。

K部長は、日本では地方営業所の課長である。本社営業部では係長か主任程度のポジションであり、管理職としての教育も受けたことが無い。会社の事業計画の元資料であり、生産設備や人員計画の大元となる販売計画は作れないのである。その経験もないし必要性も感じていなかった。

仕事は任期を大過なく過すだけ

K部長は任期3年と言われて赴任した3代目の営業部長である。先代の日本人営業部長も販売計画を作っていなかった。当時は親会社の指示通りに作って売るだけであるので計画の必要性が無かったのであるが、K部長は先代に倣って作らなかった。しかし、最近になって作る必要性が出てきたが、出向任期の3年目に入り作る気は消えた。残り任期を如何に無難に過ごすかを大事に考えるようになったからである。もっと言えば販売計画と実績との差異責任を負いたくなかったのである。

直接上司不在の出向者

K部長は何故このようになってしまったのだろうか。
M社の社長は工場畑の出身であり、営業には口出ししない。しかも、長い間、親会社営業の指示にしたがって作り売っていただけという下請け的存在であったことから、親会社には頭があがらないのである。そこから出向しているK部長に対しても、彼が自主的に販売計画を作るようになるまで我慢しているまま時期が過ぎてしまったのである。
親会社では、M社に出向させているK氏には、当然直接には叱らないし注意もしない。しかし、お願いや相談と称して、色々な間接的指示は頻繁に出している。帰任時期を意識したK氏はそれを極めて大事にしていた。
結果的にK氏の上司は不在となった。これが重要な「販売計画なし状態」を長期に渡って見過ごしてきた要因である。

上司は現地法人の社長だ

K部長は、M社の組織表では社長が直属上司として明確になっている。 また出向命令書には、M社に行ったらM社の社長の指示命令下に入れと書かれている。上司は誰かということは明らかである。しかし、結果は帰任後のことを気にして誰が上司だか分からない行動をしてしまった。K氏は特殊ではなく、その行動をする出向者(ほとんどが高級幹部)が多いのが日系企業の最大の弱点であろう。

欧米系企業の多くは転籍派遣

欧米系企業は出向派遣ではなく、転籍派遣である。すなわち帰任の保証はない契約であり、背水の陣で臨むのである。日系企業の大半は現職復帰を保証された出向契約である。これでは出向先の社長よりも、出向元の上司を大事にする訳だ。 外国の子会社への派遣が嫌がられる昨今、ますますその傾向が強くなってきたそうだが、転籍派遣が嫌なら、会社としては契約解除すればよいのではと思うが、労働契約をしていない日本企業では無理な相談だろうか? しかし、このままでは外国の日系企業は欧米系や現地企業にますます負けてしまう。それを避けるには、人材の現地化を急ぐしか方法はないと思うが・・・・。

 

以 上