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中国

作成年月日:2010年10月4日

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現地法人の企業体質改善について

上海市の日系独資T社は、創業して13年の精密機械加工の会社。
T社の社長(総経理)は、親会社の老社長が兼務していた。
業績は、操業開始5年間は急速に伸びたが、以降は横ばいとなり、この3年間は、売上げは増えたものの逆に利益は大幅に減った。取扱商品から考えれば、経営不振はあり得ない。老社長は、古い経営方式ではいけないと、まず自分が会長に退き、総経理Y氏を外部から招いた。
総経理として赴任したY氏は、生産性と品質向上に取り組んだが何をしようにも、古い労務管理手法が邪魔となった。
すなわち、「増産=稼働時間延長」、「労働者のやる気=手当の増額」、「品質向上=検査員増員」でしかなかった古い管理手法との闘いである。

<2009年現在の労務管理の問題点>

 1.残業を定常化させ、月間70時間が生産計画に組み込まれている

 法律上は月間36時間までしか認められないが、週末を除いて毎日4時間の残業が計画に組み込まれており、それが嫌な者は早々に退職した。これを改善し、残業時間を正常化すれば、現在いる者は収入減だと辞めてしまうだろう。

 2.管理者は残業手当なし

 日本と違って、法律的には、労働者の全てに残業手当を支給しなければならない。管理職といえども投資者でないものは労働者である。この管理者を何らかの理由で労働契約の解除(解雇)をした場合、「私は残業手当をもらってない」と訴えられれば、莫大な遡及支払いと罰金を覚悟しなければならない。
さらなる大きな問題は、管理者は残業時間中の労務管理はせず、下に任せて帰ってしまうことである。「管理職手当てを払っているのに?」が通じるのは日本だけである。

 3.機械加工製品に歩合給を与えている

 残業時間が管理されない事を補うための方法として、1個加工したら○○元という歩合給を支給することとした。結果は、数量の確保はできたが、品質と能率の向上はなされないままである。作業者にとっては、残業手当と歩合給の両方がもらえる現行の仕組みは大歓迎であり、改善の必要性を感じない。そもそも、機械加工に歩合給はなじまない。

 4.やたらに手当てをつけて、残業計算基礎賃金を安くする

 残業時間が増えるにしたがい、労務費の膨張が進み、その対策として残業単価を安くした。そのため、基本給を低く押さえ、やたらに手当てをつけたために、給与の性格が滅茶苦茶となった。
法律的にも、残業手当計算基礎賃金は次のように定められており、T社は明らかに違反となっていた。

  1. 残業手当計算基礎賃金は、労働契約書に定められたものであること。
  2. 同上は、地域の法定最低賃金以上であること。
  3. 同上は、毎月、決って支給される賃金総額の70%以上であること。(この規定は地域によって異なる)

 5.その他問題点は数多くあり、その内、主なものは下記の通りである。

  1. 中国が貧しい時代の名残である、各種手当てを根拠も無く残している。
  2. 人事考課は副総経理の感覚で決る。
  3. 管理者・監督者の教育は(どうせ辞めるから)しない。

 訪問して、お話を伺うと旧態依然とした上記の方法は、中国人副総経理兼人事部長のS氏が中心となって推進していたことが分かった。S氏は、それが中国では最適であり、それを推進するのが自分の役割だと、今でも信じている。現状としては、これからの企業経営にはS氏の手法とS氏の存在を「如何に変える事が出来るか」が問題である。

 しかし、S氏は年齢的にも考え方を変えることは難しく、外そうにも創業時の功労者でもあり、それも難しく、大きな悩みとなっていた。

 中国の製造業は大きく変化している。
 特に、2008年以降は日系企業の中国での部品調達率は飛躍的に上り、その条件としては日本並みの品質を要求される。しかし、要求価格は中国標準であり、それに対応する企業が出てきたため、T社にも当然のごとく値下げ要求が毎年のようによせられ、これへの対策がなされていないため、業績の伸びが止まったのである。

 品質向上と値下げという、難しい顧客の要求に応えない限り、他社に注文が流れることは必定である。

 「増産=稼働時間延長」は、増産=生産性向上と自動化の推進で対応すべきである。 「 労働者のやる気=手当の増額」は、人事考課のあり方と賃金制度の改善、そして目標管理制度の導入などで対応する。 「品質向上=検査員増員」は、源流管理による工程品質の向上で対応すべきである。 そして、全てに共通する課題として、人事・賃金制度の確立である。

 しっかりがんばった者といい加減な者との格差、能力の高い者と低い者との格差を大きく付けて賃金格差を大きくすることは、やる気を刺激する。またこの制度を公開することにより、各人の目標が明確になる。何をどう努力すればどういう査定をもらえ、それが給与にどう反映するかが明確になる。

 Y氏は、人事・賃金制度の改善から着手し、並行して管理職の教育を行っている。

 副総経理のS氏は、会社設立手続きを行った時の通訳である。通訳業務だけでなく地元政府との折衝もこなしてくれた。労務管理も10年前には彼の手法で問題なかった。 総経理は日本の老社長が兼務であり、主に工場を指導したが、管理面に優秀な人材が欲しいと判断し、S氏を副総経理兼人事部長として入社を要請したのである。

 S氏は、創業当初は大いに役立ち、貴重な存在であった。しかし、社会が変わり、会社も変わらなければならない時期に、功労者ではあっても古い体質の管理者を如何に変えるかが会社存続の鍵である。

 T社は、老社長の理解を得て、S氏を非常勤の副総経理へと立場を変えて相談相手としてのみ残すこととした。S氏のT社功労者としての面子は保ちながら、Y総経理が経営改革を実施しやすいように変え、改革がやっと進み始めた。